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| 仏教の経典は法という大宇宙の摂理(の部分)を説くことは勿論 分かる。これをマントラのように一定のリズムで繰り返し声明することは心が静まって安定した「覚醒した意識」とはある意味 逆の受動性のある変性意識状態[トランス状態]に導かれるので、この世主義の釈迦牟尼は禁止したのではないかと思う。 ただ、お経をオウムのように声明すること自体が我々の靈性の向上とどう関わるのか、が分からない。
だが、宗派の中には枕経に「般若心経」…。 般若心経は、釈迦牟尼が唯一 悟ったとされる縁起(= これを悟ったのは十大弟子の一人の舎利弗[シャーリプトラ])を大乗仏教の龍樹[ナーガールジュナ]が更に発展させた「空の理論」による「大般若経」、これを漢字 262 文字に纏めたもの。 そもそも、仏教は以前は「佛道」と呼称しており、教祖の絶対的な教えに帰依する “宗教”ではない。それぞれのやり方の修行による意識の覚醒への道。その哲理。 経典はネパール語訳のあと、道教・儒教の混じった漢訳を経た偽経ばかり(= 例えば、般若心経だと「色即是空」は是だが「空即是色」はおかしい)を疑問も持たずに明治時代になってネパール語の写本が入って来るようになるまで二千年近くもありがたがって来たのが日本の仏教界隈。その上で、葬式仏教の怠慢と靈感商法…完全に末法状態。読経は何で僧侶でないといけないの? お経など何でもイイのではないの? 母親の葬儀で強い疑問を持って、父親の葬儀では親戚がゴチャゴチャ言って来たが迷妄はとっ払った。 以下の問いの条件としては、●私の場合、●般若心経の経文の意味を理解し、声明の際もなるべく言葉の意味を自覚するものとして。
次元上昇[アセンション]・悟り・意識の覚醒と言った大振りな変化を前提としてではなく。
そこで言わんとするのは爻辞「意(ハカ)りて有事を喪ふこと无かれ」とある通り、これに寄りて、自分の成すことを喪ふこと勿れ、と。 「(大いに)喪ふこと无き」はまさしく「空」のことと被りもする。「空」とは大き差で言えば全体であり、無ではないということ。 以上、端的に示されている。 漢語やサンスクリットの意味が明瞭に分からないなどあっても、言霊なのか、声明すれば靈的には何かしら功徳を得られるのかも知れない。
今度はお相手のある占。
爻辞「夬めて履む」がまさにその辺りのことで、果断決行によってそれまでの困苦が漸く解けるだろう宜しきを察する。併し、九五、やり過ぎ・強引の類は宜しくない、と。年齢が上がるに連れて欲得が薄れて来て、自然にカバーすることになるけれど。 思考や思い込みの類を止めて、何気にフラッと、併し、あちらの存在をアリアリと思い描くことが靈通に繋がる、と何となく分かる。 それで、般若心経の声明が靈通に資するのかだが、この辺りのことを自信を以て語るには経験が足りない。ただ、畏れを内に持ちながら履(フ)むの卦で「夬履」なので、個の思考・エゴの意識を断ち夬(キ)り、履む、と読むべきかな。即ち、資する。
以下に書いた次元上昇・悟り・意識の覚醒についての記事はこちらに移動。肝心なことを書いている。 この頃、世事のことはどうでもよくなっている。健康・生命に関わるようなこと以外は。 | |||||||||||||||||||||||||||||
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| 釈迦牟尼が唯一 悟ったとされている「現象世界の一切は縁起によって起こる」ということ。これを悟ったのは十大弟子で智慧第一の舎利弗[シャーリプトラ]と訂正。 大乗仏教で中観派の龍樹はこれを更に考え抜いて、縁起を因果関係ではなくもっと広く相互依存の関係として捉え、「無」は「有」として規定されたものがないから「無」なのであって、「無」はそれ自体で存立せず「無自性」であり、「無」は「有」に依存している、即ち、縁起。で、「有」も「無」を生じるじゃないか…若い頃、この「空」の思想、理屈でやれる辺りは理解した。尚、鳩摩羅什の漢訳「因縁生」を「縁起」としたのは玄奘三蔵。 こういう物ごとの認識や気付きを数限りなく詰めていると、ある時、ポカっと透徹した “悟り” が来るものかな。子供の時、そんな感覚になったことがある。 大乗仏教で「空」の思想と二大認識論を成している瑜伽行派[唯識派]の唯識論(弥勒・無着)は「全ての事物は心が作り出した表象に過ぎない」と云う。 これも理屈では掴めない。六識(眼・鼻・耳・舌・身・意)+ 末那識 + 阿頼耶識(= ユングが語る集合的無意識?)のこと…あとはイメージし難かったり細かしい話で、20代前半に横山 紘一さんの唯識の本を読んだ時に感じたのは「気を衒った感じもする、理屈だけの世界」。幼かった。唯識の思想を要約した「唯識三十頌」をもう一度。 これも考え詰めた上で、何かの拍子に “悟る” のかも、と。
これはまさに靈學で、靈能でもあの世のことが分かる極めて稀有な能力が必要になる筈で、世親の主張は輪廻転生の肯定になる。釈迦の十大弟子で神通第一の目連や天眼第一の阿那律はこの辺りどうだったやら。 こちら若い頃、倶舎論には手付かずで、今、その概論を浚ってみると、ポカっ以上のことよりも、知識による要理解の方が圧倒的にでかいことが分かった。 こういうのをやる気になるかはそれを解説してくれる先生との出会い次第。落語も元々お説教・法話を人々に説くところから発達。その意味で、花園大学の佐々木 閑(-シズカ)先生の YouTube チャンネル「仏教講義」のシリーズは大変ありがたい。 で、倶舎論でも先生がここは特に面白いと思って取り上げて詳述されている「第3章 世間品(セケンボン)」、20数時間の先生の解説をやっと見終えた。「世間」とは中国語で宇宙で、仏教のコスモロジーを説いている。講義では、時間宇宙・量的宇宙のことだけで、パラレル ワールド[並行宇宙]らしきも展開するが、空間宇宙の内容はほぼ登場しない。靈能のことは全く出て来ない。 佐々木 先生は長い講義を終えて、倶舎論の宇宙観を「壮大な、併し、人工的に作られた世界ですね」と言い、古代の阿羅漢たちが直覚で掴んだだろうコスモロジーをマトモに受け取ってはいない。 どうかな。世親をよく理解する必要ありと、永く amazon.co.jp の購入予定に入れていた三枝 充悳 先生の本を早速 購入。血液型と気質の研究の前は日本史バカだったので、無着・世親はインデックスのレベルで承知している。 倶舎論は、上座部仏教から分派した説一切有部に属する迦多衍尼子(カタエンニシ)が書いた阿毘達磨発智論(アビダツマホッチ-、玄奘三蔵が漢訳)あり、その注釈書として、2世紀当時のインドで悟りを開いた阿羅漢たちのあらゆる思考を詰め込んだ仏教界最大の経典である阿毘達磨大毘婆沙論(アビダツマダイビバシャロン、玄奘三蔵が漢訳)あり、主としてその宇宙観に関する種々雑多な言説を抜粋し、一部は世親独自の考えを加え、理解しやすいよう体系的に整理したもの。 と言っても、マトモに取り組んだら理解量的にも学習ポイント的にも途方に暮れる。初学者はそのエッセンスを説いた講演から。倶舎論になって切り捨てられた大毘婆沙論の一端(仏陀の特徴について)は「仏教講義9」の47〜59。ここは興味深い。 何か研究レベルでおやりになりたい方には、古来の漢訳・チベット語訳からではなく、チベットで発見されたサンスクリットの原本からの直訳・注釈 → 研究がこんな様子で進んでいるので。漢訳よりもチベット語訳の方が矛盾なく理解できる部分もある、と。 「インド宇宙論大全」(定方 晟)にあるように、インド仏教の各学派の他、バラモン教・ヒンドゥー教・タントラ教…の宇宙観もそれぞれある中で、現代とは文化背景の異なる古代の倶舎論が描く認識のあり方に先生方のように何年も費やすならば、こちらは優れた靈能者と組んで、エマヌエル=スウェーデンボリのように現代のあの世や異世界の実相を描き起こす作業の方が遥かに現実味があり、やる価値があると思う。 悟りのことで言うと、空海の「十住心論」、北宋時代の廓庵(臨済宗)の「十牛図」はこちらも実感として解る歳。 後者は禅で理解・説明がまどろっこしいが、前者だと、こちらは「大乗、他への悲心」の第六住心までは来たと判る。 第七住心のテーマは龍樹[ナーガールジュナ]による「空の理論」で、これをスコッと悟る筋道がまだよく掴めない。スコッと分かることが所謂「悟り」で、現代的に言うと「意識の覚醒」。奥行きは神の領域まである。 第八住心の「主観を排除して自らを客体化した、何にも縛られない自由な境地」はまだそれに繋がるような自覚がない。これは大乗仏教の内で、天台宗の境地だと云う。 人は、認識して、行動して、掴める、成長する、ということ。 兎に角、昨年辺りから時間が過ぎ去る感覚が物凄く早くなって来た。 そして、徐々に、今まで個別にあった経験や物ごとが明確な意味をもって今に繋がるようになり。 欲するものが次々 眼の前に現れるようにもなって来た。引き寄せ。 書いているように、稲荷神が呼応するようになり。 愛猫がこちらの言葉を理解するように動きもする(笑)。以上、同様の状況の人が言うような際立った超常現象はないが、これらは明らかにある。 その他の変化と言えば、頭髪以外、白髪が一気に増えたこともあるが、スポーツを殆どやっていない。 これは所謂 次元上昇[アセンション]の兆候? 次元上昇とは、地球や小宇宙が丸ごと次元が上がるようなことではなくて、個人々々、肉体は4次元(= 空間3次元 + 一方向の時間1次元)にありながら、5次元(= 空間3次元 + 未来・過去方向の時間2次元)に意識が入り込むような状態だと認識している。もし物理次元が変わったら、成長発達している生物の肉体を含めて、4次元で成立している様々な存在に破壊や変質や消滅が起こるだろう。2次元には物的存在がないので3次元に変わったら、が例として説明できないけれども。 次元上昇とは仏教で言う「悟り」、現代的に言うと「意識の覚醒」も同じ領域でのことではないかな。 自分の内側を simple に、明るく整えてゆくこと。この「内側」とは、例えば、子供の時、眠りから覚めて、言葉を発した瞬間、この世の何か嘘くさい重い仮の自分のペルソナを意識した筈。それが「外側」で、その手前が純粋な内側のことを言っており、それが自分の本体。高校に入る頃までは自分以外の一切と接する際のペルソナと共にその自分を維持できていて、特に幽体離脱から目覚める金縛り状態の時にそのことをクッキリ自覚すると思うが、社会と接する中でその感覚さえ忘れ去っている。 で、今、覚醒状態の時にこの内側を意識することがマイ テーマ。
この卦・爻では、2025 年7月5月 am の日本についての占、ドナルド=トランプ氏が下院議長になる機運を質した占がある。 | |||||||||||||||||
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