連日 天気晴朗ナレドモ波高シ


日本のプライド
2009/ 9/ 8
 以前の写真が出て来たので。

 日露戦争の日本海海戦から 100 年。バルチック艦隊の大船団を待ち受けて、連合艦隊のフラッグ シップ戦艦三笠の頭上 高くZ旗が翻った 2005/ 5/27 13:55 、その前部艦橋に立ってみた。Z旗、「皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ」である。
 
やっぱりそういうマニアがいるもので、数十分も前には開戦時に東郷 平八郎 司令長官や秋山 真之 参謀ほかが立っていた位置には若い連中が立ちん棒。負けてなるものか。東郷 大将の立ち位置の後から脚を割り込ませるのであった。
 そして、皆、腕時計をチラチラ。14:02、こちらの前で東郷 大将になったつもりの若者は丁字戦法による敵前大回頭[トーゴー ターン]のポーズ(目の前に上げた右腕を左に倒す)をやりながら「取り舵いっぱーい」と叫んでみせた。運命のあの時から 100 年・・・。

 この日、三笠の甲板と三笠公園の入り口付近を会場にして、日本海海戦 100 周年記念式典が開かれた。
 海上自衛隊の軍楽隊のパレードがあり、大きなテントのステージでは海軍に在籍していた中曽根 康弘 大勲位が誇らしげに昔話をしたり、横須賀が地元の小泉 純一郎 首相の祝電が読まれたり。U.S.A.第七艦隊の幹部将校も参列していた。東郷大将ほか幕僚らのご子孫は毎年 5/28 の記念式典にも参列されている。

 

戦艦三笠。大学の時から、電車で自転車で、何回 来たやら。
全長 132 メートルは戦艦大和の約半分だが、これぞ日本のプライド。
全体が三笠記念館になっていて、船首の菊の御紋は木製の実物が艦内部に保存されている。



日本海海戦で東郷大将が砲弾の波飛沫をあびながら指揮を執った前部の最上艦橋から。
第二次大戦後、甲板上の構造物はほとんど撤去され、ダンスホールと水族館が置かれていた。1961 年に復元。
艦は北東へ、皇居の方角に向けてあるとか。


横須賀中央駅から歩いてここに来ると、いつも晴れ晴れとした神聖な気分を覚える。
身が引き締まる。
たくさんの英霊がさぶらっていることだろう。


戦前は知らぬ者とていなかった連合艦隊司令長官 東郷 平八郎 大将(後に元帥)。
昔は国家国民のために一命を顧みない武人が普通に存在した。男子とはそういうものだった。
亡くなった祖父は旅順の 203 高地が陥落する直前の 1904/12 に産まれているのか。



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