易占夜考

伏卦は爻位を考える
2017/ 4/24、5/30
 引退宣言をした浅田 真央ちゃんについて、女子レスリングの吉田 沙保里さんが「国民栄誉賞を」と訴えた。真央ちゃんはスポーツ選手の域を超えて「国民的」は文句ないだろうし、これの受賞者が要望しているのだし、自民党にとって総選挙は遠からずだ。よく分からない長嶋 茂雄と松井 秀喜のダブル受賞もある。ただ、タイミングは悪いと思った。

三 遍 筮 法
得 卦

48 水風井
伏卦 5 水天需
互卦 38 火澤暌
錯卦 21 火雷噬嗑
綜卦 47 澤水困
 初六、井(セイ)泥にして食(クラ)はれず。舊井に禽(トリ)无(ナ)し。
 象に曰く、井 泥にして食はれずとは、下[初六]なれば也。舊井に禽 无(ナ)しとは、時 舍(ス)つる也。
 
 一筮するとこの通り。この爻の世間に見捨てられている意の通りで受賞はない、と Facebook にも書いた。こういうズバリ物ごとの成否を問うた場合には物ごとの推移で判断する必要はない。つまり、五爻や上爻に至った時、4日後5日後にどうなるかは考えなくてよい。

 さて、本題。この初六の裏に5【水天需】||||(← 左を上にして見る。以下 同じ)がある。需(マ)つが背景にある。大勢の要望もある。しかし、初爻なんだということ。事が成り難い背景がある。
 また、裏が【水天需】になる卦を見ると、危位の九三の裏は 60【水澤節】|||で、【水澤節】の六三を得て、裏に【水天需】の状況があっても、爻辭「節若せざれば、則ち嗟若(サジャク)。咎 无し」、節しないと嘆くようになるよ、の通りで、判断とすれば面白くない結果になりがち。表の【水風井】では、応じる位地の上爻と陰陽の関係で引き上げが期待されるが。
 それではと、【水天需】の定卦主の九五の裏を見ると 11【地天泰】|||で、爻辭「帝乙[六五](= 殷の紂王の父)妹[六四]を歸(トツ)がしむ。以て祉(サイワイ)ありて元吉」と、遂に嫁ぐのだ。
 つまり、裏に【水天需】があっても物ごとの成否や判断の吉凶は別だし、【水天需】は需つことや期待があるだけ。

 伏卦のことに無頓着で「得卦と伏卦を合わせて考えて判断すると」とチャンポンのように言われる先生がいらっしゃるが、何のことだか分からない。



結 果
 メディアで他に受賞を求める声なく、受賞はなし。的占



占的の転換
2017/ 1/ 1
 占的の転換とは、例えば恋愛占で、お相手との成り行きを質した時に、その問筮者が吉とか凶とかどうとか示されるのではなくて、占の的がそのお相手の方に向きを変えて、お相手がどうとか相手方から見た内容をもって示されること。だから卦読みを大きく間違いがち。
 「占的の転換なんてものはない」という先生もいて、安易にそうやるなとの戒めは分かるが、爻辭の解釈からすればやはり占的の転換は否定できない。

三 遍 筮 法
得 卦

50 火風鼎
伏卦 56 火山旅
互卦 43 澤天夬
錯卦 3 水雷屯
綜卦 49 澤火革
 九二、鼎に實(ミ)有り。我が仇[初六](アダ)疾(ヤマイ = 陰柔の疾)有り。我[九二]に卽(ツ)く能はず。吉。
 象に曰く、鼎に實 有りとは、(初六に)之く所を愼む也。我[九二]が仇[初六]疾 有りとは、終に尤(トガ)无き也。
 
 例えば、ある人との恋愛の機運を質して、【火風鼎】九二を得たとする。
 変革・革命等を意味する 49【澤火革】||||(← 左を上にして見る。以下 同じ)の序卦で、鼎(カナエ)は今で言えば料理を煮るのに使う大きな鍋。外卦【離】の “火” の下から内卦【巽】の “風” が吹き上げている。革命 成って円卓を囲んで同士と料理を食べながら今後の政策を練っているとか、鼎の中で生のもの(主義主張)をじっくり煮込んでいるとか、鼎は三本足なので1本が折れて3人の内の1人が欠けがちとか、そんなメタファーがある。
 九二の爻辭は、九二の我に初六の仇とか疾が付着しない、とある。即ち、自分が宜しくない人に好かれるとか、ストーカーされるような画を浮かべがち。
 ところが、こういう占事占的だと「鼎に實 有り」がポイントで、問筮者が男性の場合、想いを寄せるお相手が妊娠していて、既に人のものになっていることがままある。即ち、九二は問筮者のことを云ったのではなくて、お相手の状況。初六が困った存在の問筮者。要するに、この事実をもって問筮者の機運が示されていることになる。
 卦からして、あちらにまず結婚という変革があり、次に、子供が出来た、と。
 すると、問筮者の状況は綜卦【澤火革】となり、状況からすれば失恋ということになる。

三 遍 筮 法
本 卦

4 山水蒙
伏卦 18 山風蠱
互卦 24 地雷復
錯卦 49 澤火革
綜卦  3 水雷屯
 六三、(上九は)用て女[六三]を取(メト)る勿れ。金夫[九二、上九](= 金持ちの男)を見れば、躬(ミ = 身、貞操)を有(タモ)たず。利しき攸(トコロ)无(ナ)し。
 象に曰く、(上九は)用て女[六三]を取る勿れとは、行ひ順(= 上九に従うこと)ならざれば也。
 
 また、よくある依頼で、意中の人は自分をどう思っているか知りたい、と。その問いのままに【山水蒙】六三を得たとする。
 この卦はモヤモヤとして見通しの立たない状態を意味する。
 この六三は、27【山雷頥】初九、61【風澤中孚】九二と同様、得爻ではなくて、陰陽 相応ずる外卦の爻が爻辭の主語になる数少ない例。上九は六三の女を取るな、身持ちが悪いから、と。すると、この爻辭の思い違いによる失敗の意味合いからして、問筮者が男性なら、どうも六三は自分のことではなさそう(必ずしも実際の性別で当てはめる必要はないが)。これは占的の転換で、上九が問筮者であり、彼への警句と理解される。相手の女性の状況を何か勘違いしているぞ、と。
 また、六三が相手の女性なら、その隣には九二の男が居そうだし、その裏には初六の別の女性が居そうで、三角関係が臭う。47【澤水困】|||も同様。

 それと、そもそも、「お相手は」ではなく、「問筮者は」の問い方にしないと卦読みがワケが分からなくなる。

 占事においてポイントになる爻辭(・象傳)の文言の意味合いが占的に合っていないようなら、爻辭自体の意味、爻の前後や卦の流れなどから、占的の向きを再考してみる。
 このように読めるかは易者次第で、経験値が全て。



再筮・再々筮 …
2016/ 2/12
 全日本柔道男子の井上 康生 監督は、例えば掴みも体勢も不十分なところから不意に投げを打って来る外国人への対応や寝技で固められたところからの脱出の試みなど、そこだけを繰り返し練習する「部分稽古」を重視している。易占でも“部分研究”が重要で、曖昧なところなどは掘り下げて考察・整理を要す。

 事の成り行きを質して問筮を繰り返すと、筮時の状況が示されるか、脈略なくチャランポランに振れることは何度も書いているが、これはおそらくこちらの筮の場合に限らない。時間・空間を超越しておわす“易神さま”、即ち、易を司る摂理からすれば、一筮で終わるか何度 筮を執るかは元より承知で、それぞれの占示も初めから決まっている、とも言える。
 初筮でAの成り行きと示されたのが気に入らなくて、再筮するとBと示された、とする。初筮で終わればAの通りになるだろうが(解釈の問題はここでは捨象する)、再び筮を執ったために初筮の占示もその時の状況が示されただけのものになる。勿論、意味が変わる筈もなくて、そもそもそうだった。と言うより、時間を含めた四次元に生きて、時間を遡ったり超越できない我々には、この世の道理による解釈しかしようがない。
 初筮で面白くない示されようだったとして、間を置いて再び筮を執って宜しき示されようだったら、そこで止めておく。最終の成り行きと合致する傾向がある。やや状況が変わるなどした後に占事・占的をよく洗い出して筮を執るなら尚 好しで、状況が変わるということは占事が変わるわけだ(これ以後を「再筮」と呼ぶべきかはひと先ず置いておく)。勿論、初筮よりも面白くない占示を得ることになるかも知れない。
 筮が粗れていて占示を信じ得ないような時には何が出ようがダメ。“信じる”ということには偉大なまでの可能性がある。
 また、こちらは眠気が差している時には、どちらと繋がっているやら、総じて面白くない示されようになる。現実と付合するかもデタラメ。占時だと察せられる時、頭は鮮明であること。
 この、筮に向き合う、筮の充実という点において再筮が成り立つ。
 そして、それらがなくて再々筮ということだと、やはりその時々の状況が示されたに過ぎないか、チャランポランの無意味な傾向になるように思う。
 だから、この筮の数については単純なことは言えない。目立った状況の変化がない内であれば、再筮ぐらいまでは占を得るが、それ以上では怪しくなって来る、とこちらはそんな認識でやっている。

 さて、「状況が変わる」、これには自分の認識も含まれるか?
 例えば、意中の人が結婚していたことを知った、と。既成の事実を知らなかっただけのことならば、再筮による占示にその意味で変化は読み取れないだろう。何か認識がポイントになる場合にはこの限りではないが。勿論、事実を知ったことで初筮の占示がナルホドとなることはよくある。
 また、最近 婚約をしたことを知ったという場合、初筮がそれ以前のものならば、認識だけが変わるのではないので、再筮する意味は勿論ある。



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